康平六年(1063)、「前九年の役」の論功行賞により、
清原武則は、鎮守府将軍に任ぜられ、出羽に加え陸奥をも所領とし、
飛躍的に権勢を拡大した。

幼少の清衡は、義父武貞の先妻の子真衡、母と武貞の子家衡と、
それぞれに父母の違う複雑な家庭の中で成長していった。

三兄弟は成長するにしたがって確執が深まっていくことになる。