史跡柳之御所遺跡の動画
柳之御所遺跡を訪ねる
平泉には多くの歴史的な観光地が存在します。
なかなかピックアップされない場所として、
柳之御所遺跡(やなぎのごしょいせき)があります。
柳之御所遺跡は、平安時代の末(12世紀)に、奥州藤原氏が政治を
行った場所と考えられているところで、歴史書の『吾妻鏡』に記されている
「平泉館」と推定されています。
発掘調査によって、堀・園池・掘立柱建物・井戸などの遺構とともに、
京都や海外との交流を示す土器や陶磁器などが、数多く見つかっています。
わが国の北方領域に展開した、政治・行政の拠点を
示す遺跡として、平泉の文化遺産の中でも特に重要です。
柳之御所遺跡は、奥州藤原氏、清衡が現在の奥州市から平泉に移り住んだ時に居館を整備した場所の跡地となっています。
広大な土地からはたくさんの出土品が出ており、
この地に清衡がいたことを確かなものにしています。
一部のエリアからは、たくさんの建造物の柱跡や、巨大堀の跡、道や池、
橋や屋敷跡地と見られるものがみつかっています。
また土器のは変や中国産とみられる陶磁器や陶器が出土しています。
なかなか知られていないのは、
日本で初めて発見されたと言われている磐前村印が出土したこと。
また、将棋の駒といった珍しいものも発見されています。
現在この柳之御所遺跡は全体の半分である5ヘクタールが柳之御所史跡公園として観光客向けに整備され、一部の池や堀、道路などが復元されています。
この南側には柳之御所資料館というものがあり、奥州藤原氏に関連した資料、出土品なども展示されています。
貴重な出土品を見ることができるので、
ぜひ立ち寄ってみてはいかがでしょうか?
実はこの資料館の南側には高台があり、
そこから柳之御所遺跡の全体を見ることができます。
現在も柳之御所遺跡の遺跡調査は続いており、柳之御所史跡公園に関しても
今後建築物の復元などが予定されているようです。
こうした遺跡を保存していこうという活動は地元でも起きており、
県外からの観光客をより増加させるべく、頭をひねっているようです。